Joy & Jura

ウィペットと共に静かに暮らしています。犬のことも犬以外のこともぼちぼち書きます。

森の女神さま

私が小学生の時の昔の話。一学年一クラスのみの小さな学校だった。学芸会の出し物を何にするかホームルームが行われていた。今思っても、その時に何故私がそんなに出しゃばった行動を取ったのか自分でも謎なのだけど、私は大きく手を挙げて絶対に演劇が良い!と主張したのだ。

クラスの反応はすぐに賛成を得られず、特に男子には散々な言われようだったが、最終的には「私が物語(脚本)を考えてくる!」と大見得を切って、その物語次第ということになった。

 

帰ってから、さぁ困った!一体どんな話を考えようか?

動物が好きだったので、動物を沢山登場させた。今となっては細かくは覚えていないが、森が舞台でそこに棲む動物たちと、彼らを見守る森の女神さまの話にした。どこがで聞いたことがありそうな物語。起承転結はすっかり忘れたけど、子供なので間違いなくハッピーエンド。

 

さぁ、その話にクラスのみんなが納得してくれるかのホームルームの時間です。発表し終わると、少しの沈黙が続いたあと、男子が「どうせ、おまえが女神役をやりたいんやろ!?」とまたまた言いがかりを付けてきたが、私は「キツネ役がいいねん!!」と言い返したことで、男子は納得し、このお話が学芸会で上演されたのでした。(この当時、私はキツネが大好きだった)

  

やがて大人になり、この出来事は遠い記憶となったのだけど、ジョイを我が家に迎えてから時折、動物の棲む森と女神さまのことを思い出すようになった。特にジョイがピンチの時には密かに祈っていた

 

「森の女神さま、ジョイを私の元に送っていただいて、本当に本当に感謝しております。そのジョイがピンチなのです。いつかジョイを女神さまの森にお戻しすることは分かっておりますが、ジョイのことをもっともっと大事にしますので、もう少し私の元へ置いて下さい」

 

とね。(恥ずかスーーーィイ)

 

なんとなく、ジョイがこの森から来たように感じていたのだ。半分獣、半分妖精のような?それとも妖怪か?(何故かジュラは違う)

 

恥ずかしい話なのだけど、時折助けられたこの空想、ついにいつもとは違う祈りをしなくてはいけない時が来てしまった。

 

ジョイは治療の甲斐もなく、ターミナルケアに突入した。もう、完全に寝たきりだ。一週間前は散歩をしていたのにだ。今年の夏は調子良さそうに見えていたのにだ。三十年の獣医生活で見たことないようキツイ肝炎なのだそう…。

(ワクチンは受けてましたよ…)

 

女神さま、私はジョイを大切にし切れなかったのかも知れない。

ジョイはあなたの元に、森へ戻る時が来たようです。

 

どうか、どうか、ジョイが苦しまずに安らかに森に帰れるようお守り下さい。

 

 

としか、祈れない。

 

とても悲しいけど、精一杯ジョイを見送ろう。ジョイが側にいる時は、世話をすることで辛くないのだが、側を離れるととても辛い。昨日までは半日入院だったけど今日はお昼から家にいます。ジョイの目にはもうボンヤリと森が見えているのかも知れない。そんな状態でも、側にその身体があるだけ感じるこの安心感、それを十五年間与えてもらっていた、なんとありがたいことか。

 

 

残りわずかな時間を重々しくならないように、ジョイを見守ろうと思う。

 

(今日は写真なし)

 

余談:フローレンはジュラを介護していた時のジョイと同じような反応をしている。自分よりジョイが多く構わられているので、存在感アピール?みたいなことをしてくる。ジュラがごはんを食べられなかった時でも、ジョイはバクバグ食べていたし、今はフローレンがバクバグ食べている。こういうことで食欲が落ちるのは人間ばかりなり。そういうところを私も見習わないとね。